表面上の「ピカピカな優良企業」という幻影
決算書の表面だけを眺めるなら、ゆうちょ銀行は今なお日本で最も堅牢で、収益力に満ちた「超優良銀行」に見える。
直近の財務諸表を開けば、経常利益は7,000億円規模を叩き出し、利益水準は逓増傾向にある。総資産は約230兆円、預金残高は約190兆円と国内屈指の規模を誇り、健全性の指標である自己資本比率(国際統一基準・CET1比率等)も約15%前後と、メガバンクや地方銀行を圧倒する極めて高い水準を維持している。配当利回りの高さも手伝い、一般の個人投資家や市場の表面的な解説者からは「手堅く稼ぎ続けるディフェンシブな好業績銘柄」とすら映る。
だが、その煌びやかなメッキを一枚剥ぎ取った瞬間、そこに現れるのは「金利ある世界」の到来によって手足を縛られ、身動きの取れなくなった巨大な遭難船の姿である。
好調に見える利益の裏側で、彼らが抱え込んでいる有価証券ポートフォリオには、数兆円規模(直近ピーク時で約5兆円超)にのぼる莫大な含み損(評価損)が沈殿している。
この評価損は、単なる一金融機関の運用ミスにとどまらない。日本郵政グループという巨大組織において、万年赤字の郵便事業と全国2万4,000局の窓口網を毎年数千億円規模の「委託手数料」で養い続けてきた稼ぎ頭(虎の子)の心臓部が、完全に焼け付き始めたことを意味している。
見かけの黒字に隠された財務の冷徹な事実と、グループ全体を覆う覚悟の欠如を解剖していく。
1. 日銀にはある「バッファー」が、ゆうちょにはない
現在、ゆうちょ銀行が抱える国債をはじめとする債券の巨額評価損は、表面上「満期まで保有すれば額面で償還されるため、会計上の損失処理は不要(実損ではない)」と強弁される。だが、これは典型的な問題の先送りに過ぎない。インフレと金利上昇が進む局面において、低利回りの固定金利資産に100兆円単位の資金を固定化されること自体が、機会損失という名の致命的な出血だからだ。
同じく巨額の国債評価損を抱えるプレイヤーとして、日本銀行が引き合いに出されることがある。しかし、日銀とゆうちょの間には、天と地ほどの決定的な差が存在する。「株式ETFの莫大な含み益」という分厚いバッファーの有無である。
日銀は異次元緩和の過程で買い入れたETFに数十兆円規模の含み益を蓄積しており、これが国債の評価損を軽々と吸収する防波堤として機能している。一方のゆうちょ銀行のバランスシートに、そのような都合の良いバッファーはどこにもない。国債の利回りが上がれば上がるほど、資産の劣化を直接その身に浴びる構造になっている。
2. 「自力で稼ぐ武器」を何一つ持たない異常性
では、7,000億円の経常利益を稼ぎ出す本業の足腰が強いのかといえば、実態は全くの逆である。
通常の商業銀行であれば、金利上昇局面では企業の設備投資資金や運転資金への貸出金利を引き上げ、個人向け住宅ローンの利ざやを稼ぐことで本業の利ざやを拡大させる。だが、ゆうちょ銀行には自前の法人融資ノウハウもなければ、本格的な住宅ローン残高を積み上げる営業部隊も審査能力も存在しない。
全国民から吸い上げた190兆円もの預金を持ちながら、やっていることは「集めた資金で国債や外国証券を買い、その利回りを右から左へ流すだけ」。実質的には、銀行の皮をかぶった「思考停止した巨大な公的インベストメント・ファンド」に過ぎない。自前でリスクを取ってリターンを狩りに行く才覚もなければ、新しい収益源を開拓する専門人材も育っていないのが実情だ。
3. コスト削減の覚悟なく、残ったのは「おねだり」の政治力
自力で稼げない企業が生き残る道は、唯一「身を削る構造改革(コストカット)」しかない。だが、日本郵政グループには、その覚悟すら微塵もない。
全国に約2万4,000ある郵便局のネットワーク、そしてその利権を握る全国郵便局長会(全特)は自民党の強固な集票マシンであり、聖域として温存されてきた。どれだけ赤字を垂れ流そうが、過疎地の利用者が数人の局にまで警備輸送車を走らせて現金を補充し続ける莫大な固定費に、歴代の経営陣は誰一人としてメスを入れることができなかった。西室泰三氏は海外M&Aに逃げて巨額減損を出し、増田寛也氏は局長会に配慮して現状維持を決め込んだ。
自民党と局長会の集票利権に縛られた兄弟会社・日本郵便の「全国一律網」を維持するため、ゆうちょ銀行は毎年数千億円もの委託手数料を上納する「スポンサー(財布)」として手足を縛られ続けている。
自ら稼ぐ才覚もなく、血を流して拠点を統廃合する覚悟もない。その結果、日本郵政グループ全体が行き着いた最後の生存戦略は何か。窓口会社(日本郵便)が「公的インフラ」を盾に政治力で国や自治体へおねだりし、ゆうちょ銀行はそのぬるま湯の中で資産を塩漬けにしたまま思考停止するという、醜い共依存の延命劇である。
見かけ上の高収益と自己資本比率に胡坐をかき、市場経済のルールから逃げ回りながら政治力を武器に延命を図るその姿は、金融機関としての命脈が尽きつつあることを意味している。
では、「虎の子」の運用エンジンが焼け付いた日本郵政グループは、これからどこへ向かうのか。 続く【第二部】では、その機能不全が現場レベルでどのように噴出しているのかを、
1. 大和・松井提携の茶番――顧客層とシステムの致命的ミスマッチ
2. 農中との運用格差――同じ公的マネーでなぜここまで差がついたのか
3. 政窓口化の破綻――現場を襲う「田舎の携帯ショップ化」
という3つの具体的な断面から解剖していく。
